新潟簡易裁判所 昭和26年(ハ)72号 判決
原告 大谷林吾
被告 田代一郎
一、主 文
原告は新潟市沼垂字上町三百七十二番宅地四十五坪及び同町三百七十三番宅地五十一坪の内右三百七十二番宅地に接続する二十四坪一合五勺について被告に対し地上権を有つていることを確認する。
前項の地代を一カ月につき金三百円三十二銭と定める。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文と同趣旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和十二年頃被告先代田代三吉より請求の趣旨に表示の浴場兼居宅一棟を期間の定めなく賃借し浴場営業をして来たが、被告は昭和十四年七月六日先代の隠居による家督相続で右建物の所有権を取得し、その賃貸人としての地位を承継したものである。ところが被告は昭和二十一年財産税納付のため右建物を物納し、原告は昭和二十四年四月二十一日大蔵省よりその払下を受け、その所有権を取得し、同年九月二十一日所有権移転の登記手続を経た。そこで右建物は新潟市沼垂字上町三百七十二番宅地四十五坪及びこれに接続する同町三百七十三番宅地五十一坪の内二十四坪一合に跨つて建設されているところ、いづれも右建物と同様相続によつて被告がその所有権を取得したものであるが、前記建物の物納により右宅地につき地上権を設定したものというべきであるから原告は本件建物の払下を受け登記したことによつてその地上権を承継したものである。然るに被告は原告の再三の請求にも拘らず地上権の承認並びに地代の協定に応じない、よつて原告は昭和二十六年三月十四日地上権確認の調停申立をしたが不調に終つたので已むを得ず本訴請求に及んだと陳べ、なお原告は三百七十三番宅地上に跨つた部分の建物を所有するためには同建物の裏側軒下一尺五寸隔てた線までの部分即ち同番宅地の内二十四坪一合五勺を必要とすると主張し、右主張に反する被告の抗弁を否認した。<立証省略>
被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として本件建物についての被告の相続関係及びその建物を物納した事実、被告先代がかつて原告に対して本件建物を賃貸していた事実、本件の建物が両筆の宅地に跨つて建築されていること及び右宅地を被告が相続によつて所有権を取得したこと、原告の云う調停申立があつて不調となつたことはいづれもこれを認めるがその余の原告主張を争うと述べ、抗弁として被告は本件宅地二筆を昭和二十六年三月十日訴外坂井一元(又はその指定するもの)に売渡したので本訴請求に応ずることはできない。
なお原告が払下げを受けた建物は戦時中被告先代から原告に賃貸していたところ昭和二十年中原告の管理が怠慢のために崩壊してしまいそのまゝ放置されていたものでその間原告は何等賃料も支払わなかつた。右建物の崩壊後は当然賃貸借は終了したので立退くものと所期していたが意外にも原告は該宅地上に無断で小屋を建築したので被告はこれが取払いを請求し、宅地の明渡を求め且つ原告従来からの不誠実からして立退を求めて来た。被告は本件建物を財産税納付のため物納したが右は浴場としてではなく、崩壊した現状のまゝのものであるからその価格も極めて低廉であつた。これは本件建物が普通の浴場として売買されたものではなくて崩壊した建物の古材価格であることを証明する。よつて原告が買受けた本件建物の存続を目的とする地上権は必要でない。被告は本件建物を崩壊現況のまゝ物納したものであるから建物の所有の為地上権又は賃借権設定の承諾を与える道理がない。
右実情にあつては地上権を与える何等の根拠もなく法定地上権の認められる場合に該らない。殊に被告は原告に対し予めその不誠実の故に賃貸を拒否する明確な意思を表示してあるから原告の本訴請求は失当であると述べ、なお建物の賃料として被告から受取つたのは昭和十五、六年頃までで其の後の支払を受けていない。又被告は先に建物の崩壊したことが原告の責任であること、本件宅地に無断で小屋を建てたことを理由として原告に対して内容証明郵便で解約の申入をしてあると釈明した。<立証省略>
三、理 由
原告は昭和十二年頃被告先代田代三吉所有の新潟市沼垂字上町三百七十二番宅地四十五坪及び同町三百七十三番宅地五十一坪の地上に建設の浴場兼居宅一棟を、期間の定めなく賃借し、被告は昭和十四年七月六日先代の隠居による家督相続で右建物の所有権を取得し、その建物の賃貸人としての地位を承継すると共に前示宅地についても被告は同様の原因で所有権を取得したものであること、並びに被告は昭和二十一年財産税納付のため、右建物を物納し、原告は昭和二十四年四月二十一日物納を受けた大蔵省よりその払下を得てこれが所有権を取得したものであること、
前掲事実については当事者間に争なく、原告は払下を受けた右建物の所有権につき昭和二十四年九月二十一日移転登記を経由したものであることは成立に争ない甲第一号証乃至甲第三号証によつて明認せられる。
「争点(一)」そこで原告は右建物所有のためその敷地である前記三百七十二番宅地及び三百七十三番宅地の一部に対して地上権を取得したのであるからその敷地の所有者である被告はこれを承認しないで地代の協定を拒むのは失当であると主張するのに対し、被告は本件宅地二筆を昭和二十六年三月十日訴外坂井一元(又はその指定するもの)に売渡したので原告の地上権を認める権能がないと抗争する。然し被告は本件宅地を他に譲渡したからといつて、その所有権の移転を登記していないことが証人小泉孝三郎の証言によつて認められるから被告はその不動産の喪失を以て第三者である原告に対抗することは出来ない。よつてこの事由から原告の本件請求を拒否するは当らない。
「争点(二)」次に被告は右原告の主張に対し本件建物は昭和二十年中賃借人原告の管理が怠慢のため崩壊し、そのまゝ放置して置いたものを被告の税金納付に充てたものであるから、(イ)崩壊によつて原告との賃貸借は終了し、(ロ)崩壊残存の古材保存の為地上権を与える根拠がない、と争う。よつて本件建物が被告主張の如く崩壊したものであるかどうかを審按すると、成立に争ない甲第三号証によれば被告の物納した本件建物は木造瓦葺平家建浴場兼居宅一棟、建坪四十六坪三合三勺であることが明示され、検証の結果によれば浴場の部分において建造物の取毀跡が認められるけれど、なお幾分その地上設備を存し、居宅部分において稍々荒廃の現状に在るが居住に適しないことはなく、且つ建物として相当耐久力のあることを否定するわけにいかない。なお被告は原告の本件建物払下値段が安価で、古材の価格でしかないから建物として買受けたものではないと主張するけれど、建物として相当の価格でないことが直ちに建物でないと認断できないから他にその主張を裏付ける資料がない限りその見解を肯認するわけにはいかない。されば建物の崩壊を前提とする前記(ロ)の被告の主張は採用するに由ない。
「争点(三)」被告は、本件の物件は原告の物納によつて被告が所有権を取得したのであるから一般事例とは異つて法定地上権を与える法律上の根拠がない。法定地上権の認められるのは、特に規定された場合に限られる、と主張する。しかし被告は本件の物件を国税納付のため物納し、所轄官庁によつてこの物件を競売に代る方法で原告に売渡されたことを認めて争わないのであるから、その物件が如叙認定の建物である以上、その所有権を取得した原告は建物所有のため被告所有のその敷地を必要とすること言を俟たない。されば本件の場合における被告の地位は民法第三百八十八条に謂う抵当権設定者と趣旨において何等異なるところはないと解すべきであろう。而して同条の規定する法定地上権が国家経済上と正当権利者の利益保護の理由から擬制によつて設けられたとすれば本件の場合と彼此区別する立法上の理由はないのでその準用から外す謂れはない。
果して然らば法律上被告は原告において本件建物の所有権を取得すると同時にその敷地に対して地上権を設定したことになる。
而してその地上権の範囲は建物の敷地のみに限らず建物の利用に必要な限度において敷地以外にも及ぶのであるところ、本件建物の一部損壊部分の宅地と、表側の建物(原告の建設に係り、払下建物でない部分)の敷地の地上権について一応問題となるが、検証の結果によると、(1) 損壊部分には未だ浴場設備の幾分を存し、且つ残存建物の中間に位するから、この部分の地面を含めて裏側建物軒下より間隔一尺五寸を劃する線の範囲は民法第二百六十七条の規定の趣旨に鑑み原告が建物所有の為必要欠くことの出来ない地上権の範囲であることが認められるし、(2) 表側建物の敷地は前者の敷地と共に接続一団を成し、道路に面しているのでこの部分を分割すると通路を閉鎖することになり、且つ前者の敷地と共に一括払下建物の敷地であつたこと前示認定の通りであるから是亦欠くことの出来ない範囲に属するものと思料される。而して右両者の範囲は新潟市沼垂字上町三百七十二番の宅地四十五坪及び同町三百七十三番の宅地五十一坪の内右三百七十二番宅地に接続する二十四坪一合五勺に相当するから、叙上の事実認定により、その余の主張を判断するまでもなく原告は本件建物を所有するため、被告所有の前示宅地の範囲内において法定地上権を有つものであるから、この認定に反する被告の主張を排斥し、原告の請求を正当として認容する。
なお右地上権に対する地代については昭和二十六年四月十六日現在の当該土地台帳謄本によると、(1) 右三百七十二番の宅地四十五坪の賃貸価格は百二十六円と設定されているから坪当り二円八十銭である、坪当り二円八十銭の賃貸価格は昭和二十五年八月十五日物価庁告示第四七七号によつて坪当り月額五円五十二銭に改訂されたので月額合計二百四十八円四十銭となり、(2) 右三百七十三番の宅地五十一坪の賃貸価格は三十五円七十銭と定められてあるから坪当り七十銭で、坪当り七十銭の賃貸価格は右告示によつて坪当り二円十五銭に改められたから二十四坪一合五勺の月額合計は五十一円九十二銭となる、よつて原告の請求に基き(1) (2) の合計月額三百円三十二銭を以て本件宅地の地代と定める。
訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条に従い被告の負担とする。
仍て主文の通り判決する。
(裁判官 勝田重直)